■竜馬が四万十川にゆく
◆けんけん日記(「四万十川改修工事」の巻)<其の8> [四万十川で土木工事の監督をする:最終日](嘉永三年、冬・小雨) 「おはようございます!今日も1日、がんばりましょう!」 というわけで、今日も作業が始まった。拙者は、各組の仕事の状況を見て回ったが、やはり、今日中に、すべての作業は終わってしまいそうだ。 2週間の予定が3日で完成!?とんでもないことに・・・[more] ![]() 【写真】竜馬の手紙・兄権平宛 『浦戸より須崎に逆航(波風の為、震天丸が破損)空蝉(原名胡蝶丸)に乗り換え10月9日大阪に着いた消息を兄権平に伝えている。』 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [勝手にトラックバック] <バーチャル[こうち自然村]> ■カテゴリ:坂本龍馬編 ■歴史・文化で、まちおこしを・・・ ![]() 松に腰かけて松を観る (山頭火) 【写真】大正15年建設当時の赤鉄橋。(提供:地元郷土史家・沢田勝行氏) 竜馬が松に腰掛け松を見た、という松林が見える。地元では、この松林を「並松」と云っていたが、今は跡形もない・・・。東の芸西村和食の琴ケ浜には立派な松林が残り、山頭火の「松に腰かけ・・」の歌碑が立っている。 ■竜馬が四万十川にゆく
◆けんけん日記(「四万十川改修工事」の巻)<其の7> [四万十川で土木工事の監督をする:6日目](嘉永三年、冬・曇り) うーん…。ここまで、成果があがるとは、想像してなかった。嬉しい誤算ではあるが、ちょっと怖い。 昨日の話なんだけど、うちの班の連中は、どの組も、午後の3時くらいまでには、予定分すべての作業を終えてしまっていた・・・[more] ![]() 【写真】長岡謙吉宛 イカルス号水夫殺害の嫌疑が海援隊にかかり、その交渉が土佐に移され、薩摩船三邦丸で須崎港に着いた事を伝える。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [勝手にトラックバック] <四万十川百人一首:吉井勇編> ■吉井勇と坂本龍馬と四万十川と・・・ 吉井勇の祖父は吉井幸輔(友実)、鹿児島出身で、西郷隆盛と親しかったと云います。坂本龍馬と西郷隆盛を引き合わせたのは吉井幸輔と云われています。 また、池田屋事件のあと、竜馬は「お竜」を連れて、日本で最初の新婚旅行に鹿児島の霧島へ行ったエピソードは有名ですが、そのときに鹿児島で何かと面倒を見たのが吉井幸輔です。そのような事から、吉井勇は坂本龍馬のことを、幼少の時から祖父に聞かされ、尊敬とともに親近感を持っていた、と思われます。東京で身も心も疲れ果てたとき、土佐へ居寓する心境になったのは、「土佐は龍馬のふるさと・・・」という事があったのかもしれません。吉井勇が、「なぜ?四万十川源流への旅を・・・」の謎解きも、そのあたりにヒントがあるような気がします。 吉井勇の歌碑は、高知県に9基(他に香北町猪野々に15基)ありますが、四万十川源流の碑はありません。また、坂本龍馬の歌を数多く詠んでいますが、竜馬の歌碑もありません。 鹿児島の霧島温泉では、「竜馬が新婚旅行に来た」という歴史的事実を、見事に「地域おこし」に繋げています。一方、高知の四万十川には、「竜馬が河川工事に来た」という歴史的事実がありますが、銅像はもとより、その記念碑のひとつもありません。 ![]() 【水彩画】桜づつみ公園:徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生) 吉井勇の竜馬を詠んだ短歌のひとつ。 新しき龍馬出でよと叫ぶごと一万の紙おのづから鳴る ■竜馬が四万十川にゆく
◆けんけん日記(「四万十川改修工事」の巻)<其の6> [四万十川で土木工事の監督をする:5日目](嘉永三年、冬・まずまず晴れ) 昨日は、予告通り、作業は休みにした。そのかわり…。で、今朝なんだけど、やっぱり、みんな遅刻してきた。拙者は30分前には現場に行って、焚き火をしたりして、みんなが集まるのを待っていた。・・・[more] ![]() 【写真】乙女宛 吉井勇の祖父が、何かと世話をしたという鹿児島への「竜馬とお竜」の新婚旅行。乙女姉さんへ、霧島山登山の事を述べている。(絵入り) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [勝手にトラックバック] <ブログ:四万十川百人一首> ■吉井勇と坂本龍馬 ![]() 吉井勇の「四万十川百人一首」は、『山ふかく数里のあひだ人に会わず・・・』という、四万十川源流を訪れた時の歌です。では、何故、吉井勇は、人影もない深山幽谷が続く、四万十川の源流まで旅したのでしょうか・・・[more] 【写真】吉井勇氏 ■竜馬が四万十川にゆく
◆けんけん日記(「四万十川改修工事」の巻)<其の5> [四万十川で土木工事の監督をする:4日目](嘉永三年、冬・晴れ) 島田さんに「年休」出して、完全休業・・・。日記(ブログ&メルマガ)も休み。 ![]() 良い天気なので、堤の松林で、昼寝をした。長閑なり。昼飯を喰いに、一条神社の方へ、ぶらりと散歩。町道場があったので覗いたら、拙者くらいの若い衆がウジャウジャ稽古をしていた。 ウジャウジャのなかに、やけに背の高い男がひとり、鋭い剣さばき、拙者の相手ができそう。気になったので、わきの男に、誰れ?と聞いたら「樋口眞吉」と云っていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [勝手にトラックバック] <ブログ:四万十川百人一首> ![]() 岸のべの松は伐られて過ぎし日の 面影くらきふるさとの川 (北見志保子) ■松林 幼い頃の記憶の中には、四万十川の岸辺には、坂本竜馬が昼寝をしたという見事な松林があったのに、その松も伐り倒されて、遠い昔の印象が暗く沈んで、何となく殺風景になってしまった・・・[more] 【写真】大正15年建設当時の赤鉄橋。具同側の堤防には松林が見られる。
■竜馬が四万十川にゆく
◆けんけん日記(「四万十川改修工事」の巻)<其の4> [四万十川で土木工事の監督をする:3日目](嘉永三年、冬・晴れ) いやー、寝過ごしてしまった。昨日というか、今朝というか、何か、策はないものかと、いろいろ考えたのだけど、結局、何も思い浮かばなくて・・・[more] ![]() 【写真】竜馬の手紙・乙女宛 (人間と云うものは世の中のかきがらの中にすんでいると人生論を展開している。) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [勝手にトラックバック] <四万十川新聞【日曜版】> ■山頭火と四万十川と短歌と・・・ ![]() 芒野を風に吹かれて杖さげて 遍路ゆくなり・あれ山頭火 (小谷貞広) 山頭火は一度、四万十川を訪れているが、山頭火句集に、四万十川の俳句は見当たらない。俳人なので、四万十川の短歌もない・・・[more] ■竜馬が四万十川にゆく
◆けんけん日記(「四万十川改修工事」の巻)<其の3> [四万十川で土木工事の監督をする:2日目](嘉永三年、冬・曇り、どんより) 作業は、思った以上に難航しそうだ。初日は雨で何も出来ず、喧嘩だけして、終わってしまった。で、2日目の今日、皆で現場の下見をしつつ、率直な意見交換などをして、親睦を深め、そして、楽しく作業を始めよう!と思っていたのだが・・・[more] ![]() 【写真】船中八策 (龍馬作製。後藤象二郎とまとめた「船中八策」が原型。) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [勝手にトラックバック] <メルマガ:四万十川新聞・号外2> ■バーチャル・四万十川の歴史探訪其の2 (四万十川の流れ) ![]() かっての四万十川は、右岸の堤防の先端(平元)から、具同方面への流れ、(「源池」「井ノ上川」(法律上は一級河川)として、その痕跡を遺している。)と、現在の本流、百笑の渕沿いの流れ、それにもうひとつ、現在は右岸堤防となっているところにあったと いう南北に長い丸池の流れ、と平元付近から大きく3分して流れていたという。藩政時代に行われた四万十川の改修工事は・・・[more] ◆詳細は・・・「海賊版:四万十川新聞(号外2)」(18.1.3号)で。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ■竜馬が四万十川にゆく
◆けんけん日記(「四万十川改修工事」の巻)<其の2> [四万十川で土木工事の監督をする:初日](嘉永三年、冬・雨) まったく幸先の良くない始まりぜよ。雨なので、作業は中止。 基礎工事を担当する班の監督と打ち合わせをしようとしたら、こいつが、40歳くらいかな? ま、年齢は、どうでもいいのだが、とにかく嫌な奴で、自分は、わけのわからん業界用語を使うくせに、こっちが、そういう言葉を使うと・・・[more] ![]() 【写真】現存する中で、龍馬の最後の手紙 (暗殺2日前の手紙。海援隊士陸奥との刀談議。) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [勝手にトラックバック] <メルマガ:四万十川新聞・号外1> ■バーチャル・四万十川の歴史探訪・其の1 (龍馬堤) 司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の直前、すなわち龍馬16歳の冬のこと。若き坂本龍馬が、はるばる、高知のお城下から、幡多の中村までやってきて、四万十川の河川工事に携わったことは、知らない人は知らないけれど、知る人ぞ知る有名な話しである。 今も、「龍馬堤」(一般的には「桜づつみ公園」)として、その、河川遺構跡(?)は、龍馬ファンにはとっては、本当の「龍馬飛騰の地」としてメッカのような憧れの場所であり、龍馬ファンなら、桂浜とともに、一度は訪れてみたい、という「四万十川の名所」になっている、とかいないとか?・・・[more] ◆詳細は・・・「 海賊版:四万十川新聞(号外1) 」(17.12.27号)で。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [ブログ・フォーカス] ■四万十川・桜づづみ公園(竜馬づつみ公園?) 四万十市平元 ![]() 【水彩画】徳広淳也氏(大阪府・中村高校第一期卒業生) ■竜馬が四万十川にゆく
![]() ◆けんけん日記:四万十川改修工事の巻<其の1> [四万十川で土木工事の監督をする:前夜] (嘉永三年、冬・曇り) というわけで(何が?)、拙者【写真】は、結局、幡多の中村で行われる四万十川の、土木工事の手伝いを引き受けることにした。拙者に、この話を持ってきた島田虎之進さんは・・・[more] ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [勝手にトラックバック] <メルマガ:四万十川新聞・夕刊> ■四万十川と「歴史&文化」 ![]() 四万十川上流は「坂本龍馬脱藩の道」が有名である! 四万十川中流は「平家の落人」の隠れ里である! 四万十川下流は「公家のつくった小京都」がある! 「龍馬は京都で逝ったが、小京都にも来た」ことがある!・・・[more] ◆詳細は・・・「海賊版:四万十川新聞(夕刊)」(17.12.20号)で。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [全面広告] ■四万十川新聞【日曜版】 特集:歴史・文化で、まちおこしを・・・ ![]() 古新聞:カヌーと沈下橋 花子 引越しの・・・なぜ? ウルトラマラソン 川での福祉と教育の全国大会 台風の・・・なぜ? 編集長は四万十太郎
■竜馬が四万十川にゆく
◆けんけん日記(由来) 樋口眞吉【写真】を世に送り出した、幕末の郷土史家としてチョー有名な南某氏が、幡多の某資料館で、中岡慎太郎の直筆の書を発見して、一躍この資料館が有名になった。さらに、この郷土史家が主宰する「樋口眞吉郷土史塾」の見習い門下生山藤某氏により、坂本龍馬に関する第三級資料がインターネットを介して発見された。司馬遼太郎も驚きの「恐るべしインターネット」というところか!? 嘉永3年初春、高知のお城下から、はるばる四万十川へやって来たという「若き龍馬?」の書きしたためた日記(今風にはブログ?)が見つかったのである。『けんけん日記』という・・・[more] ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [ブログ・フォーカス] ■歴史的河川遺跡のある風景 ![]() ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [勝手にトラックバック] <メルマガ:四万十川新聞・朝刊> ■歴史・文化で地域づくり まちおこしに横文字がありません。多分、ヨーロッパ、アメリカで同じような政策、考えがないから・・・[more] ◆詳細は、「 メルマガ:海賊版・四万十川新聞(朝刊) 」(17.12.13号)で。 < 前のページ次のページ >
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